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2004.11.30

歴史は繰り返す・・・のね

数ヶ月前
お腹にあかんぼがいると知った頃
実家から
わたしが産まれた時のアルバムを
今の住まいに持って来ていました。

先程
不意にそれを思い出して
久し振りにアルバムをめくってみました。
息子を産んでからは
これが初めてです。

・・・え?

そこに写っているのは
現在ベビーベッドでぐずっている息子に
そっくりなあかんぼでした。
(大きな声では言えませんが
白黒写真だったりします。)

確かに
わたしと息子は
目の辺りが似ているかもーなんて
言われていましたけれども
まさか
ここまでそっくりとは・・・。

旦那さんとふたりで
ぐずる息子を放ったらかしにして
大笑いしてしまいました。

笑いすぎて苦しいです。

と同時に
この文章で
我々夫婦がどれだけ笑ったかを
伝えられないのが
もどかしくてたまりません。

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2004.11.29

一ヶ月検診を前に

いま
息子を抱っこしながら
右手一本でこれを書いています。
あまりにもぐずぐず君だったものですから。

・・・左手がしびれてきました・・・。

病院で沐浴指導を受けた時
(生後四日目くらいでした)
一ヶ月くらい経つと
髪の生え際辺りに
赤いぽつぽつが出てくるけれど
乳児湿疹というもので
特に男の子は酷くなるけれど
心配しなくても大丈夫ですよと
教えてもらいました。

妊娠中の母体の中で
女性ホルモンの影響を受ける為
特に男の子は
湿疹が酷くなるそうです。

生後二週間くらいから
顔にぽつぽつと
赤い湿疹が出始めました。
事前に聞いていたので
特に慌てることも無く
「男の子だから仕方ないねー」なんて
軽く言っていたのですが
ここ数日
息子の胸の辺りにも
赤いぽつぽつが・・・。

これも乳児湿疹なのでしょうか?
痒いとか痛いとか
本人には無さそうなので
差ほど心配はしていないのですが。
ひとまず
沐浴の際に
石鹸でよく洗って
よく濯ぐようにしています。

今週末に
出産した病院で
一ヶ月検診があるので
それまでは
静観しようと思います。

膝の上で抱っこされている息子は
いつの間にか熟睡しました。
これでベッドに移した途端に
泣き始めたりするのかなぁ。

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2004.11.28

独り言

こうなる予感はしていたけれど。

はぁ。
入れ替え戦かぁ・・・。

「年間指定席購入の方には
招待券をお送り致します」と言われても
あかんぼ連れて観に行かれないよー。

ここまできたら
もう
選手を信じるしかないです。
一度落ちたら
すぐには上がってこられないような
気がしてならないし・・・。

会場には行かれないけれど
応援していますから
頑張って下さい。
最後の最後には
どうにかしてくれると
信じていますから。

はぁ。
切ない。

以上
独り言でした。

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愛犬の目が。

以前も同じ症状に
悩まされたことが
何度もあります。

愛犬の右目が変です。

以前病院に行ったとき
角膜に傷があると
言われました。
点眼を続けていれば治るので
そのときに頂いた目薬を
点してはいるのですが
今回は
なかなか治りません。

ストレスが溜まると
よく同じ症状が出ます。
今回は
わたしが出産の為に
一ヶ月ほど家を空けたことと
あかんぼが(愛犬にしてみれば)
いきなり家に来たことでしょうか。

あかんぼの存在については
それなりに理解してくれているように
思えるのですが
それでもやはり
今まで独り占めしていた
わたしと旦那さんの目が
まずあかんぼに向いてしまうのは
寂しいのだろうな。

今週末あたり
旦那さんにお願いして
獣医さんに連れて行ってもらおうと
思っています。

本人(愛犬)はけろっとしていて
今はわたしとボール遊び中です。

寂しい思いをさせてしまって
ゴメンネ。

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2004.11.27

今日で一ヶ月

我が家の息子は
今日で誕生から一ヶ月。
丁度一ヶ月前の今頃は
口に出来ないほどの
痛みと恐怖と戦って(向き合って)
いたんだなーと思うと
感慨深いです。

この一ヶ月での息子の変化。
二重顎になってきました。
首もムチムチしてきました。
大分重たくなった気がします。
パパとママの顔を
しっかり見るようになりました。
それと
どれだけ泣いていても
首の下(胸のところ)に
ガーゼのハンカチを当てると
授乳の時間だと解るのか
泣き止むようになりました。

上手く母乳が飲めなくて
(咥え方がへたっぴ?)
何度もチャレンジするのですが
数回やって上手くいかないと
イライラするのか「ふっぎゃぁ~」と泣きます。
(わたしはそれが可愛くって
笑ってしまうのですけれども。)

この世に産まれて
まだたったの一ヶ月。
なのにもう
息子のいない生活は
考えられないです。

振り回されることも多いけれど
大変なことも沢山あるけれど
幸せだなーなんて思ってしまいます。

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2004.11.24

おむつ替えって大変!

わたしが通っていた病院では
出産した翌々日から
完全母子同室になります。

この日
あかんぼが病室に
運ばれてきました。
やっと会えたという気持ちと
やっとこの手であかんぼに
触れることが出来るという喜びで
自然に顔がほころびます。

しかし。
わたしは新生児のお世話を
未だかつて
一度だってしたことがありません。
新生児どころか
赤ちゃんのお世話すら
したことがありません。

つまり
おむつの替え方も
抱き方も
ミルクの飲ませ方も
なーんにも知らないのです。

勿論
そんな新米ママの為に
同室指導というものがあります。
同じ日に出産したママが
(わたしも含めて三人いました。
みんな初産&男の子でした。)
一緒にビデオを見たり
看護師さんに教わったりして
いよいよ育児をスタートさせるのです。

同室指導を終えて自分の病室に戻り
まずやったことは
おむつ替えでした。
ついさっき看護師さんに教わったとおり
新しいおむつを下に敷き
おしり拭きを手元に用意し
いざ挑戦!とばかりに
おむつを開きました。

汚れが残らないように
隅々まで丁寧に拭いて
足の関節の負担にならにように
おしりごと持ち上げて・・・。

すると!
あろうことか我が息子
ぴゅーっと勢いよく
お小水を飛ばしたのです!

慌てて手でふたをして
その場をしのごうと思ったのですが
臍の緒を覆っていたガーゼまで
濡らしてしまった為
ナースコールをして
その日二回目の沐浴を
して頂きました。

それにしてもびっくりでした。
男の子だと
そういうこともあるんですね。

(ここまで書いたとき
息子が目覚めてぐずったので
おむつ替え→授乳→おむつ替えと
しておりました。
二度目のおむつ替えで
久し振りにやられました!
被害にあったのは
わたしの部屋着の袖でした・・・。)

最近は
飛ばしそうだなーというのが
雰囲気で判るように
なってきましたので
事前にティッシュやおむつで
ふたをしてしまいます。

と書くつもりだったのにー。

あーあ。

おむつは紙おむつを使っています。
酷いときは
一日に20枚を越えることも。
今日は今の時点で17枚。
このままだと
今日も20枚を越えそうです。

現在息子は
新生児用のおむつを使っています。
いつになったら
大きいサイズに替えるんだろう?

ああ。
また真っ赤な顔をして
お呼びです。

はいはい。
いま行きますよー。

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2004.11.22

トツキハツカ~出産の思い出

「出産の思い出」と
括ってみましたが
出産入院中に
思ったこと・感じたことなどを
いくつか。

わたしが出産している
まさにその時
もう一人
本陣痛に苦しんでいる人がいました。
通っていた病院の分娩室には
分娩台が二台並んでおり
間にカーテンがあるだけで
特に仕切りはありません。

我々夫婦は
初めから立会い出産を
希望しており
その為の両親学級などにも
事前に参加していました。
その両親学級で
立会いを断る場合として
帝王切開になった場合と
分娩が同じ時間に重なった場合と
言われていました。
その時はそんなに大きくない
この病院で
二人同時に出産なんて無いだろうと
高を括っていました。

それなのに
看護師さんの話によると
(わたしは分娩台の上で
唸っていました)
わたしとその人は
殆ど同じくらいお産が進行しており
万が一分娩室に移動してきたら
その時点で
うちの旦那さんは
分娩室から出てもらうとのことでした。

「早く産まなきゃー」と
かなり焦ったのは
言うまでもありません。

結局その人は
わたしが出産を終えて
後処置をして頂いている最中に
移動してきました。
我が息子誕生の30分後くらいに
彼女も男の子を出産しました。
ギリギリ間に合ったといった感じでした。

後処置を終え
再び陣痛室に運ばれました。
産後の様子を見る為に
三時間ほどここで休むそうです。
運ばれていく最中から
わたしは
物凄い寒気に襲われました。
出産の際に汗をかいたせいも
勿論ありますが
それにしても寒いのです。
身体中ががたがたと震え
歯がガチガチといい噛み合いません。

陣痛室に着いてすぐ
看護師さんに「寒い」と言うと
すぐに着替えさせてくれました。
更に
掛け布団をもう一枚お借りしましたが
それでも震えが止まりません。

理由を聞いて
納得しました。

直前までお腹にあった
温かい羊水と
母体より体温の高いあかんぼが
一度に外に出てしまった為に
母体の体温が急激に下がるのだそうです。

当然といえば当然のことですが
何だか凄く神秘的な気分でした。

出産当日は
痛みと貧血でふらふらでした。
凄く寂しかったのは
あかんぼは三日目まで
新生児室に預けるので
出産直後のカンガルーケアと
処置後に産着を着せてもらった直後の
たった二回しか
当日は抱かせてもらえず
それどころか
身体がきついせいもあって
顔を見に行くことも出来ませんでした。

ひとり元気な旦那さんは
嬉しそうに
何度も何度も
新生児室に行きます。
(それでもガラス越しでしか
会えないのですけれどもね。)
ビデオやカメラを持っていき
「こんな顔をして泣いていた」
「大きくて新生児って感じがしないよ」
と報告してくれるのを
じっと待つだけです。

翌日
ズキズキ痛む身体で
どうにか新生児室の前まで行き
あかんぼの顔を見て来ましたが
30分も立っていられませんでした。
傷が痛むので
近くのソファに座ることも出来ず。

三日目に母子同室になったときは
嬉しくて嬉しくて
じいっとあかんぼの顔を
見入ってしまったものです。

ああ。
他にも沢山書きたいことがあるのに
上手くまとまりません。
ある程度まとまったら
また
つらつらと書き記したいと思います。

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トツキハツカ~誕生までの二日間

予定日を大きく越え
出産の兆候が見られなかった為
誘発分娩をすることになりました。

誘発分娩の為の入院から
出産までのこと
つらつらと
書き記したいと思います。

10月26日

朝一番で診察を受けました。
今日までに自然に陣痛がつけば・・・
とのことでしたが
全く兆候が見られなかった為
予定通り
陣痛促進剤を使うことになりました。

陣痛室のベッドの上で
9時半から促進剤の点滴を開始。
先生には
少なくとも夕方までは
絶対産まれないよーと言われ
そんなに長期戦になるのかと
愕然としました。

それでも
徐々に陣痛のような痛みが
来るようになりました。
看護師さんの話では
促進剤の痛みと陣痛の痛みが重なると
相当な痛さになるそう。
10分間隔でお腹の張りがあるものの
付き添いの旦那さんと
普通に会話出来るようでは
やはりまだまだかかるとのことでした。

午後になり
促進剤の点滴は16時半までで
その後陣痛がついたかどうか
様子を見るとの説明を受けました。
16時半に点滴を終え
そのまま陣痛室にいましたが
徐々に痛みも張りも
遠のいてしまいました。

子宮口の開き具合は
朝とあまり変わっておらず
明日の朝もう一度診察して
それから
次の方法(もう一度促進剤を使うかどうか)を
考えるとのことでした。

20時前には
旦那さんが帰宅。
点滴の針も抜かれ
一般の病室で休むことに。

偶然にも
以前緊急で入院した時と
同じベッドでした。
あの時はベッド上安静&24時間点滴で
ただひたすら
お腹の中のあかんぼの無事を
祈るのみでしたが
今回は
明日にも会えるかもしれないという
嬉しい気分でいっぱいでした。

21時過ぎには
眠りについたのですが
一時間おきに
前駆陣痛のような痛みがあり
目が覚めてしまいました。

10月27日

2時頃
今までと少し違った痛みで
目が覚めました。
時計を見ていると
約7分間隔で痛くなります。
そのまま様子を見ていましたが
3時をまわった頃には
約5分間隔に。

4時頃から
痛みの為に呻き声をあげてしまうような
状態になりました。
暫く我慢していましたが
5時になるのをまって
ナースコールを押しました。

看護師さんの内診によると
子宮口が4センチほど
開いているとのこと。
(4センチも開いていると
かなり痛いそうです。)

6時前に
もう一度
陣痛室に戻りました。
NSTの結果
本陣痛がついていると判り
6時45分ごろ
自宅にいる旦那さんに
看護師さんが電話をかけてくれました。

7時過ぎに朝食が運ばれてきて
看護師さんに
少しでも食べると楽だからと言われ
友人・知人からも
食べられる時に食べておくようにとの
アドバイスをもらっていた事を思い出し
三分間隔の痛みの間を狙って
ほぼ完食しました。

7時半過ぎに旦那さんが到着しました。
その頃には
痛みがきている間は
話も出来ない状態になっていました。
あまりの痛がり様に
旦那さんも驚いている様子でした。

8時半の回診で
子宮口が6センチほど開いていました。
先生からは
午前中には産まれると言われました。

10時くらいからは
痛みのピークだったように思います。
痛みの間隔は二分半。
じわじわと痛みが近づくのが
自分でも判るので
それをとても怖く感じました。
陣痛と陣痛の間の
痛みの治まる時間の記憶が
段々と飛んでしまうようになってきて
その頃には
もうこの瞬間にでも
あかんぼが出てきてしまうのではないかと
思うほどでした。

11時半頃の診察で
子宮口は9・5センチまで
開いていました。

そして12時に分娩室へ。

前処置も終わって
いきむこと3回目(くらい)
立会いの旦那さんが
分娩室に通された直後の
12時17分に破水しました。

幸運なことに
出産に立ち会ってくださる先生は
信頼している担当のK先生と
大好きなS先生でした。
主にS先生のリードの元で
何回もいきむのですが
なかなか上手く出来ません。

そうしているうちに段々と
本当に自分に産めるのかという
不安が募ってきました。
先生方と看護師さんと旦那さんに
励まされながら
何度も何度もいきみました。

そのうち
お腹のあかんぼの酸素が
足りなくなってしまい
酸素マスクをかけられました。
この状態が長く続いたらどうしよう・・・と
気持ちは焦るばかりでした。

陣痛がくると
一呼吸おいて二回いきむのを
繰り返していましたが
なかなか産まれてこない為
とうとう
一度の陣痛で
三回・四回と
いきむように言われました。

二回いきんだところで
もう駄目ーと言い
三回いきんだところで
無理ーと言いましたが
その場にいた全員に
もう一回!と言われ
十分に息継ぎもしないまま
いきみました。

すると
その四回目で
何ともいえない感触があり
足元に
紫色のかたまりが見えました。
K先生が臍の緒を切り
数秒後(少し間があるものなのですね)
あかんぼの泣き声が聞こえました。

13時06分。

想像よりはちょっとか細い
産声を聞いて
初めて
あかんぼが産まれたんだと
実感しました。

やっと産まれてきてくれた
無事に産めたんだ

そんな安堵感でいっぱいでした。

まだ血液などがついたままの
あかんぼを
看護師さんが
胸の上に乗せてくれました。
小さな手には
もう爪も生えていて
一見して男の子だとわかるような
顔をしていました。
思っていたよりも
ずっとずっと大きなあかんぼでした。

処置をしていただいて
産着を着せてもらったあかんぼを
もう一度分娩台の上で
抱かせてもらいました。
温かくて重くて
会ったばかりなのに
とてもいとおしく感じました。

体重 3345グラム
身長 48センチ

わたしの体格からすると
(身長 153センチ・体重 標準+α)
とても大きな赤ちゃんだと言われました。
臍の緒がちょっと短めだったらしく
その為に
十分下がってきてから
産まれるまでに
時間がかかったそうです。

K先生
S先生
看護師さん
有難うございました。
旦那さん
付き添ってくれて
立ち会ってくれて
ありがとう。

そしてあかんぼちゃん。
産まれてきてくれて
本当に有難う。

痛みも不安も沢山だったけれど
頑張れたのは
みなさんのお陰です。

こうして
我が家に男の子のあかんぼが
仲間入りしました。

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2004.11.21

トツキハツカ~男児誕生

10月27日13時06分
3345グラムの男の子を出産しました。

予定日より10日も遅れ
終盤は
精神的にも肉体的にも
辛い思いをしましたが
我が子の姿を見ていると
それも全て
懐かしい笑い話です。

11月1日に退院したあとは
親戚宅に身を寄せ
上げ膳据え膳の生活を
してきました。
昨日(11月20日)
無事に自宅に戻り
旦那さんとわたしとあかんぼと
そして愛犬の
三人と一匹の生活が
スタートしました。

暫くは
あかんぼに合わせた
ハードな生活になると思います。
あかんぼが三ヶ月くらいになって
夜にまとめて
眠ってくれるようになると
随分楽になると聞いていますので
期間限定の苦労と思い
楽しみつつ
頑張ってみます。

と言いながら。
帰宅した途端に
38度5分の熱が出て
もしや乳腺炎では・・・と
ほんのりパニック状態に
なりました。
幸い熱も下がり
乳腺炎の疑いも晴れたので
やっと
頑張る気になれたところです。

現在あかんぼは
ベビーベッドで熟睡中です。

沢山飲んで
大きくなあれ。
強く優しく逞しく
素敵な人になってくれたら
ママは嬉しいです。

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